本当の意味でのサービスって何だろうと考えます。
心のこもったサービスをするには、どうしたらいいのでしょう?
私たちはお給料をいただいて、サービスをしています。
お客様からお金をいただきサービスをしています。
これが私の仕事です。
いいのでしょうか?これで。
お金をいただいてサービス?
時々、疑問に思うこともあります。
では、どこまでのサービスをしたらいいのでしょう?
どこまでのサービスを求められているのでしょう?
私は、お客様の要望にお答えすることができているでしょうか?
いつも不安になります。
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親切で慈しみ深くありなさい。
あなたに会った人は誰でも、来たときよりもっと気持ちよく、
もっと幸せになって帰れるようにしましょう。
神の優しさの生きたしるしになりなさい。
あなたの表情に、あなたの瞳に、あなたのほほえみに、
あなたの温かなあいさつに、親切が表れますように。
子供たちに、貧しい人に、苦しみや孤独を感じているすべての人に
いつも温かいほほえみを向けましょう。
お世話をするだけではなく、あなたの心も与えなさい。
(マザー・テレサ)
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私が冷蔵庫に貼っているマザー・テレサの言葉です。
仕事をするときの私の心がまえです。
今日も心をこめたサービスを。
素敵な旅のお手伝いを。
今の私が出来ることを。
与えられるすべてのことを。
私の大好きな詩「最後だとわかっていたなら
さっそく注文しました。
とても素敵な本になっていました。
写真もいいですね~
私の宝物になりそうです。
家に戻ってから、ゆっくり読み返しました。
涙が出てきました。
いろいろなことがこみ上げてきて胸が熱くなりました。
ほんとうに素敵な本です。
たくさんの方に見ていただきたいです。
今日はちょっとしたボランティア活動に。
入院中の子供たちと共に過ごした時間は、私にとってもとても素敵な時間となりました。
実は私、幼少期に長い間入院生活を送っていました。
病院の中では、窓の外に見える景色だけが唯一感じられる季節で、外に出ることも友達に会うことも許されませんでした。
面会は数時間。両親のどちらかのみ。子供は面会禁止でした。
昨日まで仲良く遊んでいた友達が死んでしまうこともありました。
急にいなくなり、ベットがきれいに掃除された後の冷たい空気。
自分の中に穴があいてしまったような喪失感。
小さいながらに「明日があるかわからない」というような恐怖感を感じていました。
そんな毎日でも楽しいことはありました。
友達とのおままごと。おやつの時間。ボランティアさんが来て、読んでくれる絵本や粘土遊び。季節を感じられない私たちに写真やビデオをみせてくださいました。
私にとっては、特別な時間でした。
白黒みたいな記憶の中に、とても色鮮やかに残っているのは、ボランティアさんたちと過ごした時間です。
この記憶が私がボランティアをはじめたきっかけでした。
お金や物を送ることだけがボランティアではありません。
何もしないよりはずっといいことだけれど、もっと身近にもっと大切なことがあふれています。私たちが出来る範囲のことでいいのだと思います。愛と思いやりのこころで。
マザー・テレサの言葉を思い出しました。
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お金をあげるだけで、満足するのはやめましょう。
お金だけでは十分ではないのです。
お金なら、手に入れることもできます。
私は多くの人たちに、もっとその手を使って奉仕をし、
心で愛してほしいのです。
どんな国にも、街にも、家庭にも、
あなたの奉仕や愛を必要としている貧しい人がいることに気付いてください。
そういう人々のもとへ行き、もっとも求められているところで、
愛と思いやりの心で、与えましょう。
皆と、愛することの喜びをわかちあいましょう。
(マザー・テレサ)
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今はとても健康な私ですが、かなり大きな病気やケガを経験しています。そのときの体験や感じたことが、今の私にとても大きく影響していると思います。いつも感謝の気持ちであふれています。
ありがとうございます。
生きていること。健康であること。
すべてに感謝します。